ピーエスの取り組み - 学術論文

3.6151 Shwartzman型反応によるエールリッヒ固型癌の治療実験

榎木義祐

医学と生物学 第70巻第4号 1965年4月10日

炎症は終局的には生体にとって合理的で恩恵的な反応である。もし癌の部分に炎症、出血、壊死が起こったならば、たとえそれが癌細胞の代謝や抗原の特 異性を攻撃するものでない非特異的なものであっても、同時に癌細胞に対しても細胞壊死的に働くであろうという想定がなりたつ。Shwartzman 型反応は強い壊死反応とそれに引き続く良好な修復機転とを併せもつ点で、この目的にかなっている。 Shwartzman 1), Boivin 2), Westphal 3), 4), Stauch 5), 河西 6), Coley 7), Shear 8), 岡本 9), 永島 10),香山 11), らの研究になる多くは、多少とも蛋白を含むlipopolysaccharide 分屑は抗癌効果をもつ一方、Shwartzman 反応を起こし得る能力をもつものである。また、Shwartzman 反応を起こし得る物質は自然界に広く分布 12)している。Shwartzman 13)反応はその正規な術式のみならず、準備注射、惹起注射を時間的に逆に行う術式14, 15) や、くりかえし準備注射する術式16) や移植癌における反応17)もShwartzman 型反応として理解される。広くShwartzman 型生体反応という観点より実験し、薬理効果としてよりもShwartzman 型の生体反応としてエールリッヒ癌に効果があり、同時にその個体に細胞免疫と考えられる所の癌細胞に対する抗移植性の免疫現象を観察したので報告する。

実験方法ならびに結果

前報の実験的ウサギ胃潰瘍の実験において、準備注射に精製内毒素または精製内毒素とadjuvant を用いるよりも、E. coli 死菌菌体を用いる方がShwartzman 型の局所反応が強く起こることを知ったので、実験材料としてE. coli, S. typhi, S. marcescens  の60 °C 30分死菌菌体および卵白アルブミンを用い癌細胞移植前、後、腫瘤内および移植前と腫瘤内注射という2相性の反応についてエールリッヒ癌への影響を観察し た。死菌菌体生理食塩水浮遊液を数日間隔で数回総計1mg、または同様卵白アルブミン5mgをハツカネズミの腹腔内に注射した。最後の注射より1週間後、 すでに5-10日前に5 x 106 のエールリッヒ癌細胞を腰部皮下に移植し、小豆大に触れるまでに成長している腫瘤の中、および基底部、周囲に死菌菌体(1 mg/ml)生理食塩水浮遊液を0.25?0.5 ml 、または 0.2%卵白アルブミン生理食塩液0.25?0.5 ml を注入した。菌種の組み合わせを変えて実験して表1のごとき結果を得た。 癌細胞移植前に数日間隔で数回総計1 mg 死菌菌体を腹腔内に注射したが、網内系を刺激することになるにもかかわらず、癌細胞移植の障害とならず、動物はすべて壊死をまぬがれなかった。癌細胞を皮 下に移植した後に同様死菌菌体を腹腔内に注射したが、2相性の方法に比して見るべくもなく、腫瘤は著明に退縮することなく、動物は壊死をまぬがれなかっ た。これは、菌体の中に含まれる粗製の内毒素の薬理作用が、ただちに抗癌性を示すものではないと理解される。腫瘤内部への注射だけを行っても治癒する例は なかった。2相性の方法においても、腹腔内への注射量を減ずれば腫瘤内への注射による効果も減少した。すなわち菌体成分の抗癌作用は、その投与型式にした がって著しく差のある点が明確になった。

表1
腹腔内腫瘤内腫瘤が著明に、あるいは完全に縮小、消失したもの
その頻度
E. coli S. marcescens 22/32 69%
E. coli E. coli 32/58 55%
S. typhi S. marcescens 12/27 44%
S. typhi S. typhi 12/30 40%
S. marcescens S. marcescens 3/27 11%
卵白アルブミン 卵白アルブミン 0/24 0%

E. coli, またはS. typhi, 死菌菌体を頻回腹腔内に注射した後、E. coli, またはS. typhi, 死菌菌体を腫瘤内に注射して有効であったことはあたかもArthus現象によるもののごとく見えるが、E. coli と S. marcescensの組み合わせで一層良好な結果を得たことや、卵白アルブミンを用いて無効であったことなど、この反応の効果ある部分の本当の機転は特 異蛋白抗原抗体反応によるArthus現象よりも、lipopolysaccharide-protein complexes のアレルギー反応によるShwartzman 反応に近い機転にあると思われる。すべてのShwartzman 反応を起こす物質を用いて投与の順列、組み合わせによる効果の差と共に物質の精製度などとの関係などが今後さらに調べられるべきであると考える。
E. coli 死菌腹腔内注射、S. marcescens 死菌腫瘤内注射という組み合わせによる腫瘤内注射後の組織所見は、腫瘤内に出血、壊死、線維化、疎膠原化、核変性、巨細胞化、白血球滲出、形質細胞反応が 全例にみられ、半数に組織球出現がみられた。肺臓には浮腫、毛細血管充溢、気管周囲の細胞反応、肝臓には肝細胞の溷濁、空砲化、核の空砲化、大小不同、 Kupffer'氏細胞の腫大、血管周囲の白血球反応、脾臓はうっ血、濾胞の腫大、胚中心肥大など過免疫状態を思わせる。リンパ節には洞 catarrh、形質細胞症、腎臓には糸球体の各増多、充盈、細尿管上皮の溷濁など各例とも同様の像を示した。
この方法で回復したハツカネズミに再度5 x 106の癌細胞を移植したが、米粒大に発育する例はあっても次第に縮小吸収され、例外なく移植は全く不可能であった。Shwartzman型の反応は癌細 胞にも壊死反応を波及させると同時に、その生体にきわめて強固な細胞免疫によるとみられる抗移植性の免疫を付与するものであることがわかった。エールリッ ヒ癌に対するこの動物の特異抗体の証明は現在までのところない。この間の事情は同種皮膚移植の免疫の問題と似ている。エールリッヒ癌に免疫をもつハツカネ ズミを両親にして生まれたものを成長させてエールリッヒ癌細胞を移植すると全例移植可能であった。このような訓練を繰り返すことで、移植癌に抵抗性をもつ 種を作る可能性はないと思われる。
この実験はエールリッヒ癌の同型癌では成功したが、腹水型では不成功であった。すなわちハツカネズミの皮下にE. coli死菌菌体を頻回注射した後、腹腔に癌細胞を移植し、3日後にE. coli死菌菌体の生理食塩水浮遊液を腹腔に注射したが、腹水はたまり動物は全例癌死した。

図1. E. coli 死菌菌体を用いて.

(A):対照 癌死
(B):腹腔内注射と腫瘤内注射 有効 (生残)
(C):腹腔内注射(移植前) 無効
(D):腹腔内注射(移植後)
(E):腫瘤内注射   
(F):腹腔内注射量を減ずれば(B)の効果も減ず
考察

正常細胞が癌化する機転と、癌と担癌動物との間の生物学的問題とは互いに独立した問題であり、別途と考えられるべきである。前者は今日なお未知の分野が多 いが、後者、とくに移植癌では免疫学的観点からは、癌はつきすぎるほどよくつくhomograftまたはisografとみなしてもよい。 homograft の問題といえば皮膚移植、臓器移植の問題のためにgrafをつけることのみに注意が集中しているが、逆のことにも注意を向ける必要がある。homo-, iso, auto-graft を確実に受け付けない生体反応の研究はこの面から有用であると考える。特発性の癌はこの意味よりすれば放置しても転位という移植を自ら行う autograftとみなすことができないであろうか。
網内系の問題、内毒素の薬理作用、白血球ならびに形質細胞の動態、非特異的炎症による細胞反応などの役割についても考慮せねばならないが、Shwartzman 型の生体反応を癌の治療やその細胞抗体型の免疫現象の理解のためにさらに研究する価値があろう。
この要旨は第11回細菌毒素シンポジウム、第23回日本癌学会総会、第14回日本アレルギー学会総会において発表した。御校閲を賜った山中教授に感謝を捧げる。組織標本に関しては山口医科大学細川教授、山下助教授の助力を得たので謝意を表す。

English Title for NO.6150:Experimental therapy by a Shwartzman-type reaction of Ehrlich solid carcinoma in mice
Yoshisuke Enoki [Department of Microbislogy,Osaka Medical College,Takatsuki]Medicine and Biology.
70:April,10,1965.

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  3. O. Westphal et al.: Z Naturforsch 76: 148 1952
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(受付:1965年1月27日)
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